「図録 石川九楊の世界」を読む

d0001004_7513.jpg 「図録 石川九楊の世界」(ギャラリー白い点)を読んだ。
 先日の展覧会の作品から自選の25点の大作と6点の小品がB4版と比較的大きな判型に収録されている。いっしょに九楊さん本人による作品解説と一部は原文も収録してありました。一般的な展覧会の図録(カタログ)とはチョット違いますね。
 さて、収録されている作品を眺めて見ましたが、原文を参照してもやっぱり大半は判読は不可能ですね。時々何文字か判読できて、うれしくなったりしますが、大半は無理でした。もちろん伝統的な書家の作品でも例え文字が読めても漢詩では本当の意味はわからないし、草書で書かれていれば判読すらできない字が大半なので程度の差ぐらいなのかも知れませんが・・・。
 と言っても、やっぱり九楊さんの作品は判読といった面ではレベルが違いますね。特に「源氏物語Ⅱ若菜(上)」や「源氏物語Ⅱ椎本」のように横画や縦画を極端に強調したものなんては、文字として判読することは全くお手上げでした。
 でも、ゆっくり何度も何度もくりかえし眺めていると、作品の発する緊張感につつまれます。読めなくても伝わるものは伝わるんですね。
 ただ、何故のこの表現を書というジャンルで行う必要があったかは、まだ理解できません。しかも読めない文字で。又、湿紙による「にじみ」や「かすれ」をダルな表現として排除するのであれば、筆を使った書で表現する意味があるんでしょうか。ちょっと解りません。九楊さんの言う「筆触」をもう一度考えてみたいと思います。

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by daisenhougen | 2005-09-27 07:04 | 読書-展覧会図録
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