「大正の鬼才 河野通勢展」を見る

d0001004_111304.jpg 昨日(07月12日)「松濤美術館」で展覧会「大正の鬼才 河野通勢展」を見た。
 河野通勢(1895年~1950年)という画家の存在を意識したことはなかたのですが、最近、急に注目をあびだしたようで、NHKの番組でも取り上げられていましたね。
 そういえば先日の「東京都現代美術館」の「屋上庭園」展でも展示されていましたね。
 今回は初期の主要な油彩画だけでなく、中後期の装幀などの仕事も含めた約350点の大規模な回顧展です。
 「Ⅰ.裾花川と初期風景画」、「Ⅱ.自画像と表現の展開」、「Ⅲ.聖書物語」、「Ⅳ .芝居と風俗」、「Ⅴ.銅版画」、「Ⅵ.挿絵と装幀」、「Ⅶ.資料」といった区分での展示で、河野通勢という画家の全貌をとらえることができる展示でした。
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 地階では初期の油絵と素描が中心の展示でした。
 まず裾花川を描いた初期の風景画の執拗なまでの徹底した描写に圧倒されました。この執着はどこから来ているのだろうと思わせるものがあります。
 数多く書かれた自画像にも心惹かれました。
 宗教画も数多く展示してありました。河野自身が最も力を込めて描いたのはこの分野なのかもと思わされる迫力があります(わたし的にはチョット異様さばかりが気になってしまいましたが・・・・)。
 でも、ここいらまでの作品だけでしたら、岸田劉生周辺のマイナーな洋画家といった位置づけが正当かもしれません。
 わたし的には2階に展示してあった多様な展開を見せた作品により多く惹かれました。
 おそらく挿絵や装幀の仕事が中心となった為に、本格的な油彩画作などは少なくなったのではないかと想像されます。
 でも、その合間に書かれたであろう大作「アマゾン征伐」、「竹林の七妍」、「蒙古襲来の図」といった作品はかなり弾けています。決して岸田劉生の亜流ではなくなってます。
 さらには「新東京風俗図屏風」といった浮世絵まで描いています。
 多くの新しい試みに果敢に挑戦しているようです。
 そして生来の器用さと徹底性から、どの作品も相当の高いレベルに達しいているのがわかります。
 ただ残念なのが、それらの多様な試みから発展して、河野通勢の表現として確立することなく生涯を終えたように思われることです。
 装幀などでなく、本格的にこちらを追求していたら、近代絵画の傑作が生まれた気もするのですがね。

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by daisenhougen | 2008-07-13 07:00 | 鑑賞記-展覧会
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