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加藤典洋「僕が批評家になったわけ」(岩波書店)を読む

 加藤典洋「僕が批評家になったわけ」(岩波書店)を読んだ。「ことばのために」シリーズのうちの1冊とのことです。
 典洋さんの著作は最近とんとご無沙汰していて、ちょっと調べてみたら2002年の「ポッカリあいた心の穴を少しずつ埋めてゆくんだ」以来です。この間も結構重要な著作も出ているのにみんなパスしていました。不勉強ですね。
 批評とは「本を百冊読んでいる人間と本を一冊も読んでいない人間とが、ある問題を前にして、自分の思考の力だけを頼りに五分五分の勝負をできる…そういうゲーム」であるなんてのは泣かせますねぇ。そしてその批判相手が柄谷行人てのが最高。
 さらに批評は「私的な個人」から出発し、「この私的な感じを普遍的な感じに置き直す」ことなんて定義もイイですね。
 久しぶりに典洋節を堪能させてもらいました。

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by daisenhougen | 2005-06-28 12:55 | 読書-詩歌小説評論他

渡辺裕、増田聡「クラシック音楽の政治学」(青弓社)を読む

クラシック音楽の政治学
 渡辺裕、増田聡「クラシック音楽の政治学」(青弓社)を読む。
 収録されているのは渡辺裕「「クラシック音楽」の新しい問題圏――「音楽の都ウィーン」の表象と観光人類学」、増田 聡「「クラシック」によるポピュラー音楽の構造支配」、清水 穣「レクイエムとしてのクラシック音楽」、戸ノ下達也「戦時下のオーケストラ――日響・東響・大東亜響の活動にみる」、加藤善子「クラシック音楽愛好家とは誰か」、輪島裕介「クラシック音楽の語られ方――ハイソ・癒し・J回帰」、若林幹夫「距離と反復――クラシック音楽の生態学」といった7つの論文。  
 クラシック音楽について音楽そのものではなく外部との関わりから論じた論文集といったところ。主張内容も著者の知的レベルもバラバラであり一冊の本として発売する意味があるのかと思ってしまう。
 渡辺裕論文の中の「メディア・イベントしての「ニューイヤー・コンサート」」で毎年恒例のニューイヤー・コンサートの変貌を論じているのだが、その中でもいわゆるウィーン・フィルの専売特許ともいうべきリズムを論じている部分が面白かった。
 いわゆるウィーン風といわれる三拍子の一拍目が縮まり、二拍目の伸びる、「タラーッタ」というあの独自なワルツのリズムも、昔からあったわけではなく、ウィーンを外部に売り出すとともに強調されはじめ、TV中継とともに更に最近はそれを極端に強調するに至っているといった指摘は興味深かった。
 小生のようにクラッシック音楽を聴くことの内部に満足している者に対する「冷水」としての役割はあったのかと思う。

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by daisenhougen | 2005-06-27 09:34 | 読書-詩歌小説評論他

「コクーン歌舞伎・桜姫」を見る

d0001004_10585924.jpg 昨日(6月25日)「シアターコクーン」で「コクーン歌舞伎・桜姫」を見た。
 演目は四世鶴屋南北「桜姫」。演出…串田和美、配役は桜姫…中村福助、清玄・釣鐘権助…中村橋之助、入間悪五郎・飾のお十…中村勘太郎、粟津七郎…中村七之助、役僧残月…坂東弥十郎、局長浦…中村扇雀、口上役…あさひ7オユキ。
 小生「コクーン歌舞伎」初体験。「国立劇場」や「歌舞伎座」と違ってこぢんまりした劇場で身近に体験できるのはイイですね。それに客層が結構若いのもイイですね。今回は2階席でしたけど、やっぱり平場席で見なくちゃいけませんね。
 「桜姫」は四世鶴屋南北お得意のドロドロとした荒唐無稽な愛憎劇。公家のお姫様が、盗賊権助に操を奪われ子供を産み落とす、実はその盗賊が兄を殺した張本人、それとは知らない桜姫は惚れてだまされ続けて、宿場女郎まで身をおとしてしまう。結局はその事実を知ってその相手を殺すといったストーリー。
 混み入ったストーリーを飽きずに見せて、理解させようと口上役にあさひ7オユキを使ったり、所々にギャグを入れたり、観客席を利用して演技したり、色々工夫していたようですね。場面場面で結構楽しましてもらいました。
 ただ、やっぱりこの作品は複雑すぎるのではないでしょうか。今ひとつ観客全体を巻き込んだ劇的体験に引き込むことは出来なかったように思います。もう少し大胆にデフォルメしてもよかったのではないでしょうか。そのためのコクーン歌舞伎じゃないんですかね。
 でも桜姫の中村福助は綺麗で妖艶でしたね。権助を殺してしまうシーンから最後に舞台が変わり桜の中で踊るシーンのエンディングは目に焼き付きました。これだけでも満足。満足。

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by daisenhougen | 2005-06-26 11:06 | 鑑賞記-伝統芸能他

「レオノール・フィン展」を見る

d0001004_9223535.jpg 昨日(6月25日)「ザ・ミュージアム」で「レオノール・フィニ展」を見た。
 レオノール・フィニLeonor Fini(1907-1996)はアルゼンチンのブレノスアイレス生まれ、イタリアのトリエステで育ち、パリで活躍したシュルリアリスム画家とのこと。
 絵画、写真、衣装など100点以上を展示した没後初の回顧展とのことです。「トリエスから」「シュルリアリスム」「鉱物の時代」「エロティシズム」「シアター」「円熟期」とほぼ年代順、テーマ別に彼女の全貌が解る構成になっています。
 小生、初めて見る画家ですが、結構楽しむことが出来ました。こんなおもしろい女性画家いたんですね。以前この会場で見たフリーダ・カーロを思い出してしまいました。多少関連あるんでしょうか。
 時代と寄り添いながら変貌し続けて、風俗と芸術のギリギリのところで活動した画家のようですね。
 図録買ったので、後日感想をもう少しアップします。

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by daisenhougen | 2005-06-26 09:25 | 鑑賞記-展覧会

「東京交響楽団 第81回東京芸術劇場シリーズ」を聴く

d0001004_8274343.jpg 昨日(6月24日)「東京芸術劇場」で「東京交響楽団 第81回東京芸術劇場シリーズ」を聴いた。
 会社を定時間で退社し池袋へ。席に着いたのが開演ぎりぎりの6時58分。一応間に合うことはできたがちょっとスリリング。このホールの演奏会を平日予定に入れるのはちょっと躊躇しますね。席は1階H列の左隅でした。ディスカウントのチケットが出まわっているようなので心配していましたが、結構人は入っていたようです。
 演奏は大友直人指揮東京交響楽団、テノール/福井 敬、バリトン/河野克典。
 演奏曲目はモーツァルト/ 交響曲第40番ト短調 K.550、マーラー/大地の歌。
 まずはモーツァルトの40番ですが、久しぶりに聴きました。小生がクラシック音楽を聴き始めた遙か昔の頃に熱心に聞いた曲です。はじめてオーケストラスコアー買った曲でもあります。
 でも演奏はちょっとイメージに合いませんでした。どうも中途半端な演奏に終わっているように思えました。終楽章は手堅くまとめていましたが、少々不満な出来でした。この傑作の良さがちっとも表現されていませんでした。
 次に「大地の歌」ですが、この曲も小生の偏愛する曲です。マーラーの分裂症的な心象世界を壮大なオーケストラの響きと人の声で表現した曲ですが、小生がマーラーのCDで中では一番聴く曲です。
 こちらは名演だったと思います。第一楽章の印象的な出だしから、途中のオーケストラの力業、そして終楽章の静かなエンディングまで起伏の大きい難曲を緊張感を失わずに演奏していました。予想を大幅に上回る力演だったと思います。
 でも、この2曲の演奏の出来の落差を目のあたりにすると、やっぱりモーツァルトとマーラーを普通の演奏家が一緒に演奏するのは、無理があるのだとつくづく思いました。。

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by daisenhougen | 2005-06-25 08:42 | 鑑賞記-コンサート

映画「バットマン・ビギンズ」を見る

d0001004_9502351.jpg 先日(6月21日)「上野セントラル」で映画「バットマン・ビギンズ」を見た。
 監督:クリストファー・ノーラン、出演:クリスチャン・ベール、リーアム・ニーソン、モーガン・フリーマン、ゲイリー・オールドマン、渡辺謙他。
 バットマンの誕生を描くシリーズ第5作。残念ながら小生はいずれも見ていなく比較しようもないが、パンフレットによれば前4作とは全く別物の作品に仕上がっているとのこと。
 大富豪の御曹司として育った主人公ブルース・ウェインが目の前で両親が殺害され、世界放浪の旅に出て、「陰の軍団」での鍛錬に参加、そして故郷にもどり悪と戦うバットマンの誕生とまさに「バットマン」の「ビギンズ」をテンポ良く描いている。そして最終的には「陰の軍団」との全面対決のハラハラドキドキのアクションシーンで締めくくっている。
 「スパイダーマン」及び「スパイダーマン2」の成功を取り込んで、徹底的に分析して作り上げた作品のようです。キャラクターの違いは歴然のしているが、テーストとしては非常に近いものを狙っていて、見事に2匹目のドジョウを釣りげることに成功しているようです。
 言ってみれば1世代前のコミックの荒唐無稽な設定を、目のこえた現在の観客に違和感を感じさせず最後まで一直線に見させてしまう為に、第一級の脚本から配役、CGなどありとあらゆる力を動員して、「チカラワザ」で作り上げた作品といったところでしょうか。まさにハリウッドでしかできない映画ですね。この出来ならシリーズ化されるでしょうね。
 見終わった後に、内容なんて全てを忘れて爽快感だけが残ればいい映画だと思います。そしてそのことに十分成功しているようです。シリアスな映画の合間にはこういったのも悪くはありませんね。

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by daisenhougen | 2005-06-24 10:02 | 鑑賞記-映画

「ルオーと白樺派」を見る

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d0001004_7511544.jpg  昨日(6月21日)「汐留ミュージアム」で「ルオーと白樺派―近代日本のルオー受容 」を見た。
 この美術館は小生の好きなルオーをメインにしている美術館なので時折来ていたが、最近チョット間隔が開いてしまった。久しぶりであったが、平日と言うこともあって相変わらず訪れる人は少ないようで、自由に行ったりきたりしながらゆっくり鑑賞できました。
 3部構成ということで、第1部では、ルオーを真っ先に日本に紹介した梅原龍三郎や福島繁太郎そして小林秀雄などとゆかりのあるルオー作品の他、現在日本にあるルオーの代表作を展示。 第2部では、白樺派を中心とした芸術家たちの作品の展示と資料。そして第3部では昭和初期にルオーから影響をうけた日本人画家三岸好太郎他の作品を数点展示してあります。
 先日、「東京都現代美術館」で見た「出光コレクションによる ルオー展」と比べれば、規模は小さいが、展示してある作品の質は高く、ルオーの多様性を知ることができる良い展示だと思いました。でも日本には本当にすばらしいルオー作品が多数蒐集されてるんですね。

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by daisenhougen | 2005-06-22 07:58 | 鑑賞記-展覧会

村上龍「半島を出よ(上)(下)」(幻冬舎)を読む


 村上龍「半島を出よ(上)(下)」(幻冬舎)を読んだ。
 書き下ろしで原稿用紙1650枚、上下巻併せて900ページ強の長編小説。結構読むのはハードでしたね。
 彼の作品は5年ほど前に読んだ「希望の国のエクソダス」以来ひさしぶりでした。この作品も「-エクソダス」と同じような近未来小説でスタッフを駆使して収集した膨大な情報を織り込んだスタイルになっている。
 ストーリーは経済破綻した未来の日本を舞台に、北朝鮮の工作員に福岡を占拠された顛末を描いたもので、最後にそれを救うのは著者好みの不良少年グループといった設定。
 徹底的に細部にこだわり、実在の場所や物、そして設定を収集したデータに基づいて緻密に描写しているのは驚嘆すべきかも知れない。しかしながら緻密に描写すればするほど、空虚さが増してきて単なる冒険活劇か劇画の世界に似てくるのは何故なんでしょう。
 残念ながら、村上さんは文学から果てしなく遠くに行ってしまっているようです。所々に現実政治に対する提言じみた記述もあって、このまま行ったら三文軍事・経済評論家か石原慎太郎や田中康夫みたいな三文政治家になってしまいそうな気がします。
 昔、読んで衝撃を受けた「コインロッカー・ベイビーズ」から遙かに遠ざかってしまっているようです。
 早く内面をえぐる文学者にもどってほしいですね。つまらない経済や政治のお勉強なんてやめてしまわないと駄目じゃないんでじょうかね。元不良少年がせっせとお勉強なんてして、小金ため込んじゃおしまいですよ。現代日本の文学者の中で最も才能豊かな一人だけに惜しいですね。

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by daisenhougen | 2005-06-21 09:15 | 読書-詩歌小説評論他

「歌舞伎座 六月大歌舞伎 昼の部」を見る

d0001004_10392933.jpg 昨日(6月19日)「歌舞伎座」で「六月大歌舞伎 昼の部」を見た。
 演目と配役は以下の通り。
1.「信州川中島合戦」(「輝虎配膳」の段)、長尾輝虎…梅玉、お勝…時蔵、直江山城守…歌六、唐衣…東蔵、越路…秀太郎。
2.「新歌舞伎十八番の内 素襖落 (すおうおとし)」、太郎冠者…吉右衛門、太刀持鈍太郎…歌昇、次郎冠者…玉太郎、姫御寮…魁春、大名某…富十郎。
3.「恋飛脚大和往来」(「封印切」の段)、亀屋忠兵衛…染五郎、傾城梅川…孝太郎、槌屋治右衛門…東蔵、井筒屋おえん…秀太郎、丹波屋八右衛門…仁左衛門、(「新口村」の段)、父親孫右衛門…仁左衛門、忠兵衛…染五郎、梅川…孝太郎。
 今回の席はチケット代節約したので3階の4列目でした。こちらは成金婆さんは少なくて良いんですが、間隔が少々窮屈なのと、花道が見えないのが難点でした。
 まず「輝虎配膳」は東京では33年ぶりの公演とのこと。長尾輝虎(梅玉)と武田方の軍師山本勘助の母越路(秀太郎)の息詰まるやりとりが見せ場でしたが、小生にはあまりピンと来る出し物ではありませんでした。
 次の「素襖落」は古典的演目で吉右衛門の太郎冠者の軽妙さを楽しむ演目。でも吉右衛門は太郎冠者を演じるには少々年をとりすぎているのではないでしょうか。ちょっと苦しいのでは。こちらもちょっと退屈な演目でした。
 最後のメインイベント「恋飛脚大和往来」(「封印切」「新口村」)は近松の「冥土の飛脚」を歌舞伎用に改変した演目。
 近松は先日の文楽公演で見たばかりでどうしても比較してしまうのですが、この作品、近松の作品を大幅に改悪したとしか思えません。特に「封印切」の前半部分のやりとりはつまらないですね。封印切りの動機も希薄になってますしね。
 この演目の見所はやはり幕切れの仁左衛門の演じる孫右衛門の姿。ここはやっぱり素晴らしかったと思います。このシーンを見るためにこの演目があるのかも知れませんね。
 でも、やっぱり今月は夜の部が圧倒的にお薦めですね。

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by daisenhougen | 2005-06-20 10:44 | 鑑賞記-伝統芸能他

オペラ「サロメ」を聴く

d0001004_22163453.jpg 昨日(6月18日)「NHKホール」で「ポーランド国立歌劇場」公演、リヒャルト・シュトラウス「サロメ」を聴いた。
 演出:マルティン・オタヴァ、ヤツェク・カスプシク指揮ポーランド国立歌劇場管弦楽団、ポーランド国立歌劇場合唱団、サロメ:シルヴィ・ヴァレル、ヘロデ王:ウド・ホルドルフ、ヘロディアス:ステファニカ・トチスカ、ヨハナーン:アルベルト・ドーメン他。
 今回はチケット代ケチったので3階L3列で舞台から遙か遠い位置。NHKホールて本当にバカでかいですね。
 しかもチケットの売れ行きが悪かったようで 直前までチケット代が半値でデスカウントされていた。これがわかっていれば小生も同じ値段でもっといい席を確保できたのに。残念。それにしても、それでも結構空席が目立ってました。オペラファンの見識を疑いますね。
 作品は周知のように新約聖書に題材をとったオスカー・ワイルドの戯曲をオペラ化したもの。でも結局は官能の極致といわれる「7つのヴェールの踊り」、そしてその後にさらに続く長大なモノローグなど、サロメを聴く作品でしょう。よって全てはサロメを演じる歌い手でできばえが左右される作品です。
 そしてこのサロメはシルヴィ・ヴァレルが演じてました。期待通りの素晴らしいの一言です。
 最初の登場の時は、小生の席が遙か遠いことやNHKホールの音響の悪さもあって声があまり通らないようでしたし、オペラグラス越しに拝見する姿も少々期待外れかなあなんて思っていましたが、尻上がりに調子を上げてきました。
 そして「7つのヴェールの踊り」の最後では上半身裸の大胆演技を披露してくれたし、ヨハナーンの生首相手の独唱はすばらしい鬼気迫る独唱を聴かせてもらいました。遙か彼方の席まで声も通り、サロメそのものになりきった演技に圧倒されました。本当に素晴らしい独唱でした。
 見逃した人はお気の毒様。もう一回あるようですので、見逃した人はぜひ聴いてくださいね。

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by daisenhougen | 2005-06-19 22:19 | 鑑賞記-コンサート