<   2005年 09月 ( 36 )   > この月の画像一覧

「小杉小二郎展」を見る

d0001004_1540144.jpg 昨日(9月28日)「日本橋三越」で「小杉小二郎展」を見た。
 小杉小二郎(1944年~)さんの絵をまとまって見るのは初めてです。小杉放庵の孫で中川一政の弟子のようですね。おもにフランスに画家としての拠点を置いているようです。
 どの作品も自在にいろんな技法を使いながら一つの作品世界を作っているのはたしかです。日本の油絵も此処まで自在になったんですね。ちょっとニヤリとさせてくれたり、安心して見ていることのできる作品達ですね。
 しかしながら一向に感動させてはもらえません。新作も大量に展示してありましたが、結局はいくらでも画けるんでしょうね。言ってみれば高級イラストかもしれませんね。デパートの催しにはぴったりかも知れませんが、もうチョット毒がほしいですね。

[PR]
by daisenhougen | 2005-09-29 15:39 | 鑑賞記-展覧会

「モーリス・ユトリロ展」を見る

d0001004_15372453.jpg 昨日(9月28日)「日本橋高島屋」で「モーリス・ユトリロ展」を見た。
 モーリス・ユトリロ(1883-1955)の没後50年ということで初期から晩年までの作品80数点の展示してありまた。
 小生、もともとユトリロの作品には感心したことがありませんでした。なんでこんなに人気があるのかと思っていました。今回、まとめて見れば印象が変わるかと期待してましたが、全く評価は変わりませんでした。
 パリの情景をこれでもかこれでもかと絵はがきの様に描いた作品が延々と続いていました。いったいどこがいいんでしょうか。小生には全く解りません。
 でも、今回4カ所の展覧会をハシゴした中で一番混んでました。まったく変な話です。
 ところで青木繁とこのユトリロとは一つ違いの同年代なんですね。方や数編の傑作を残して夭折し、もう一方は延々と駄作を書き続けながら名声と大金を得た人生なんですね。ユトリロも「白の時代」だけで夭折していれば、芸術家としてはよかったのかも知れませんね。

[PR]
by daisenhougen | 2005-09-29 15:37 | 鑑賞記-展覧会

「青木繁<海の幸>100年展」を見る

d0001004_15335120.jpg 昨日(9月28日)「ブリヂストン美術館」で「青木繁<海の幸>100年展」を見た。 青木繁(1882-1911)については教科書にのっていたこの「海の幸」ぐらいしか知りませんでした。今回は20点ほど展示してありましたが、やっぱり圧倒的に「海の幸」が素晴らしいですね。同時に展示してあった「わだつみのいろこの宮」や「大穴牟知命」などは大作ですが、特に印象に残るわけではありませんでした。かえって若き青木繁の意図や時代背景が透けて見えるようでイヤでした。今回は網羅的な展覧会ではないので、青木繁には素晴らしい作品がまだあるのかも知れませんが・・・。
 さて「海の幸」ですが、初めて現物を拝見しました。思ったほど大きくないんですね。そして、どう見ても完成された作品とは思えません。下書きのような線が残っているし、彩色も完全ではありません。
 でもそんなことはお構いなしに確固たる存在感を持っています。作者の若さ(そして時代の若さ)が作らせた傑作ですね。荒々しく力強い筆の勢いと獲物の魚を運ぶ若き群像のテーマが見事に一致していますね。油絵による表現が日本的表現を獲得した記念碑的作品なのかもしれませんね。

[PR]
by daisenhougen | 2005-09-29 15:31 | 鑑賞記-展覧会

「加守田章二展」を見る

d0001004_15313447.jpg 昨日(9月28日)「東京ステーションギャラリー」で「加守田章二展」を見た。
 小生、あんまり陶芸には感心が無かったので、陶芸家の個展を見るのは久しぶりでした。でも、すごいですね。陶芸に対する概念が一気に変わりました。陶芸ってこんなに現代的なんですね。たんに丼鉢をチマチマと焼いているだけじゃないんですね。自分の無知さ加減に恥じいるばかりです。
 加守田章二(かもだ・しょうじ、1933~83)さんが亡くなって22年になるそうですが、いまだに古くなっていないですね。そして時代毎に変貌する様も凄いですね。ほんとうに素晴らしい展覧会でした。陶芸を実際にやっていそうな人もチラホラ見ていました。結構いまだに人気あるんでしょうね。
 陶芸にまで興味を持ってしまうのが恐いですね。

[PR]
by daisenhougen | 2005-09-29 15:28 | 鑑賞記-展覧会

川上弘美「卵一個ぶんのお祝い。―東京日記」を読む

 川上弘美「卵一個ぶんのお祝い。―東京日記」(平凡社)を読んだ。「古道具 中野商店」以来の単行本です。「東京人」に2001年6月号~2004年5月号まで連載されていたものをまとめたものです。連載は継続中です(いつもこの雑誌での連載を楽しみに買ったり、立ち読みしたりしています)。
 彼女の「あとがき」によれば「本書は、本当日記です。少なくとも、五分の四くらいは、ほんとうです」とのことですが、日記形式のエッセイと小説の中間みたいなつくりですね。 そうはいっても、奇妙な話をふんわりと描いた彼女独自な文章で満ちており、けっしてリアルな日記ではありません。日記形式で日常生活を描くふりをしながら、一気に彼女の世界に引き込んでしまう手際は見事ですね。しかもかなり強い構成意識に支えられていて、けっして生半可な日記なんかじゃありませんね。けっきょくは川上ワールドそのものってことですかね。
 今回も、じゅうぶん堪能させてもらいました。彼女の作品にはまってしまうと中毒みたいなもんですね。この作品世界にいつまででも浸っていたくなってしまいます。読み終わるのが惜しくて、惜しみ惜しみ読んだつもりでしたが、結果的には一気に読んでしまいました。
 次の作品いつ発売になるんでしょうか。待ち遠しいですね。今度は長編小説出してほしいですね。

[PR]
by daisenhougen | 2005-09-28 07:15 | 読書-詩歌小説評論他

「図録 石川九楊の世界」を読む

d0001004_7513.jpg 「図録 石川九楊の世界」(ギャラリー白い点)を読んだ。
 先日の展覧会の作品から自選の25点の大作と6点の小品がB4版と比較的大きな判型に収録されている。いっしょに九楊さん本人による作品解説と一部は原文も収録してありました。一般的な展覧会の図録(カタログ)とはチョット違いますね。
 さて、収録されている作品を眺めて見ましたが、原文を参照してもやっぱり大半は判読は不可能ですね。時々何文字か判読できて、うれしくなったりしますが、大半は無理でした。もちろん伝統的な書家の作品でも例え文字が読めても漢詩では本当の意味はわからないし、草書で書かれていれば判読すらできない字が大半なので程度の差ぐらいなのかも知れませんが・・・。
 と言っても、やっぱり九楊さんの作品は判読といった面ではレベルが違いますね。特に「源氏物語Ⅱ若菜(上)」や「源氏物語Ⅱ椎本」のように横画や縦画を極端に強調したものなんては、文字として判読することは全くお手上げでした。
 でも、ゆっくり何度も何度もくりかえし眺めていると、作品の発する緊張感につつまれます。読めなくても伝わるものは伝わるんですね。
 ただ、何故のこの表現を書というジャンルで行う必要があったかは、まだ理解できません。しかも読めない文字で。又、湿紙による「にじみ」や「かすれ」をダルな表現として排除するのであれば、筆を使った書で表現する意味があるんでしょうか。ちょっと解りません。九楊さんの言う「筆触」をもう一度考えてみたいと思います。

[PR]
by daisenhougen | 2005-09-27 07:04 | 読書-展覧会図録

三島由紀夫「奔馬」を読む


 三島由紀夫「奔馬」(新潮文庫)を読んだ。
 「豊穣の海」4部作の第2部。1967年2月から1968年8月まで「新潮」に連載され、1969年2月に単行本として刊行された。
 主人公の飯沼勲が神風連の行動に倣い仲間を組織してクーデターを企てるが、発覚し捕らえられる。その後の裁判で本多繁邦他の尽力により、結審後すぐに出獄。しかし今度は一人で財界のドンを刺殺し自刃するといったストーリー。もちろん前作の「春の雪」の続編であり、時代も前作から18年後に設定されており、主人公の飯沼勲は輪廻転生により松枝清顕の生まれ変わりであるといったように(それがわかっているのは狂言回し役の本多繁邦だけであるが)、連作としての連続性も確保されています。
 物語の中心が「春の雪」の「恋」から「死への行動」に変わっても、核となっているのは無垢なる純粋性に対する強烈な希求でしょうか。単行本が続けて刊行されたように「春の雪」と「奔馬」はまさに裏表の作品なんですね。
 自刃のシーンで有名な文末の「日輪は瞼の裏に赫奕と昇った」に至るまで三島文学の華麗なる文章を堪能しました。奔馬のごとく駆け抜けた短い生涯を、まさに美文の極地で表現しています。そして、さすがに古典たる風格を持っていますね。

[PR]
by daisenhougen | 2005-09-26 09:40 | 読書-詩歌小説評論他

伊勢神宮を参拝する

d0001004_7522726.jpg 昨日(9月24日)伊勢神宮を参拝した。
 まずは奥の院と言われている「朝熊山金剛證寺」を参拝。もちろん神社ではなく、れっきとしたお寺で三大虚空蔵尊のひとつと言われているそうです。ただお伊勢参り盛んな頃「お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り」と、もてはやされたとのことです。江戸時代は神も仏も一緒だったんですね。でも、はるばる山を登って(といっても車ですから楽ちんですが)行きましたが、閑散としていてあんまり参拝者はいませんでした。今はあんまり訪れる人はいないんでしょうか。おかげで、のんびり参拝できました。
d0001004_7531815.jpg
 次に「内宮」を参拝。正式名称を「皇大神宮(こうたいじんぐう)」と言うそうで、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)を祀っているそうです。神社の総本山みたいな処だけあって大勢の参拝者がいました。伊勢神宮ブランドの集客力は衰えていないんですね。隣接した土産物屋の集まった「おかげ横町」などもにぎわってました。さすがに日本人の旅行の元祖だけあって、お伊勢参りは今も廃れていないんですね。観光バスもいっぱい駐まってました。

d0001004_7552252.jpg 最後に「外宮」を参拝。正式名称を「皇大神宮(こうたいじんぐう)」と言うそうで、豊受大神宮(とようけだいじんぐう)を祀っているそうです。こちらは一転して、またもや閑散としていました。現代のお伊勢参りのにぎわいは「内宮」だけなんですね。でも、外宮のほうが神々がやどるといった雰囲気はありました。
 今回は「朝熊山金剛證寺」→「内宮」→「外宮」と参拝しましたが、正式には全く逆に参拝すべきなんだそうです。まったく罰当たりな参拝でした。とりたてて信仰心を持ち合わせているわけでもないんですから同じですかね。

[PR]
by daisenhougen | 2005-09-25 07:52 | 街歩き・お出かけ

二見浦の夫婦岩を訪ね、答志島に泊まる

d0001004_747322.jpg 一昨日(9月23日)三重県二見浦の夫婦岩を訪ねた。
 今月は2週続けての3連休なので、2週続けての遠出。大散財でした。
 夫婦岩は「高さ8.7m、周囲39.6mの男岩と高さ3.6m、周囲9mの女岩からなり、二つの岩を結ぶ5本の大注連縄は長さ35m、重さ40kg、総重200kgに及ぶ。 日の大神と猿田彦大神縁りの興玉神石を遙拝する鳥居の役目をして」いるとのことです。
 ふたつの岩間から日の出が見られるポイントとしてして有名ですが、訪れたのが夕方なので見ることができるわけはありませんね。
 でも、岩が2ヶ並んでいるだけで全国レベルの観光スポットで有り続けているなんて凄いですね。いったい何故なんでしょうね。理由はわかりませんが、日の出ではない夫婦岩の写真撮りましたのでアップしておきます。
 その後、鳥羽から船で答志島に渡りました。こちらは鄙びた漁村といったおもむきでしたね。所々で年老いたおばさん達が夕方のおしゃべりを楽しんでいました。のどかですね。宿は民宿を少し立派にした感じでしたが、仲居さんがやっぱり少々(かなり?)年老いた海女さん達だそうで、タイムスリップした感じでよかったです。伊勢エビも美味しかったです。
d0001004_7492843.jpg
[PR]
by daisenhougen | 2005-09-25 07:47 | 街歩き・お出かけ

「9月文楽公演 第二部」菅原伝授手習鑑/女殺油地獄を見る

d0001004_12581744.jpg 昨日(9月19日)「国立劇場」で「9月文楽公演 第二部」を見た。
 演目は「菅原伝授手習鑑」から寺入りの段/寺子屋の段と「女殺油地獄」から徳庵堤の段/河内屋内の段/豊島屋油店の段/逮夜の段。
 今回も客席はいっぱいでした。文楽人気は続いてますね。今回の席は4列の左側。ちょっと前過ぎて字幕見るのに首が痛くなりました。でも舞台はオペラグラスなしで人形の表情までばっちり見えました。
 さて「菅原伝授手習鑑」は主君のために我が子を身代わりに差し出す苦悩を描いた古典的演目。テーマの中心は親子の情ですね。そして人間国宝・竹本住大夫の語りを堪能させてもらいました。
 次の「女殺油地獄」は近松門左衛門の放蕩息子の理不尽な殺人事件を描いた作品。親子の情を中心にしながらも、それを突き抜けて現代にまで射程が届いている作品ですね。やっぱり近松ってすごい劇作家ですね。こちらも人間国宝・吉田簑助の人形使いを楽しましてもらいました。
 今度の文楽公演は12月までお預けですね。楽しみにして待ってましょう。今度は吉田玉男さんの舞台が見られますように。

[PR]
by daisenhougen | 2005-09-20 12:59 | 鑑賞記-伝統芸能他