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2006年5月鑑賞記録

 5月の月間鑑賞記録です。
 5月に出かけて見てきた(聴いてきた)コンサート、伝統芸能、展覧会、映画等をまとめてあります。
 評価基準はいつもと同じで、◎は「最高」、○は「良かった」、△は「まあまあ良かった」、×は「ちょっとねえ」です。あくまでも小生の主観で非常に甘い評点です。それぞれのコメントはブログの該当投稿を参照してください(再訪、連続展示の評価印は略)。
 まず、コンサートは1回のみでした。又低迷に、逆戻りですね。でも、まがりなりにも「熱狂の日2006」に参加できてよかったです。
 伝統芸能は今月も相変わらず0回でした。このまま見なくなってしまうんでしょうか。去年の熱中ぶりは何だったんでしょう。
 展覧会は10回。ほぼ標準のペースでした。やっぱり、はるばる「足立美術館」を訪ねることができたのは収穫ですね。そしてニキ・ド・サンファルを知ることができたのも今月の収穫でした。そして藤田嗣治展を再訪できたのもよかったです。
 映画は1本しか見ることができませんでした。
 その他としてミュージカルを先月に続いて見てしまいました。
 それでは一覧です。

 コンサート
△モーツァルト「レクイエムニ短調」井上道義「熱狂の日2006」(東京国際フォーラム)

 伝統芸能
 なし

 展覧会
△「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」(横浜美術館)
○「春期特別展」(足立美術館)
△「出光美術館名品展Ⅰ 受け継がれる伝統の美」(出光美術館)
  「花鳥―愛でる心、彩る技<若冲を中心に>第2期」(三の丸収蔵館)
△「海老澤敏コレクション モーツァルト展」(丸ビル7階ホール)
○「ニキ・ド・サンファル展」(大丸東京駅店)
  「藤田嗣治展」再訪(東京国立近代美術館)
△「色彩の画家 梅原龍三郎展」(日本橋三越)
△「京琳派 神坂雪佳展-宗達、光琳から雪佳へ-」(日本橋高島屋)
△「棟方志功と柳宗悦」(そごう横浜店)

 映画
△「ダ・ヴィンチ・コード」(TOHOシネマズ)

 その他
△ミュージカル「キャッツ」(キャッツ・シアター)

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by daisenhougen | 2006-05-31 06:38 | 鑑賞記録(まとめ)

CD「山崎ハコ/歌いたいの」を買う

d0001004_13351514.jpg CD「山崎ハコ/歌いたいの」(徳間ジャパンコミュニケーションズ)を買った。
 山崎ハコのデビュー30周年を記念して、ファンアンケート上位曲の集大成アルバムです。うち7曲が新録音のようです。
 でも30周年記念盤といっても、チョット寂しいことにほとんど話題にはなってませんね。CDショップにひっそりと並んでしました。
 収録曲は1.歌いたいの、2.望郷、3.白い花、4.刹那の夢、5.織江の唄、6.心だけ愛して、7.稲の花、8.ヨコハマ、9.私の生まれた日、10.流れ酔い歌、11.気分を変えて、12.サヨナラの鐘、13.歩いて、14.飛びます、15.会えない時でも。
 ハコさんもデビュー30周年ですか。ジャケットでもかすかにわかりますが、華奢な少女もだいぶ変わって、年齢相応のお姿になったようですね(華奢なのは変わらないようですが)。いまだに活動を続けているのは立派なもんです。
 デビューの「飛・び・ま・す」はすばらしいアルバムでしたね。まさに天才少女といった感じでした。でも、だんだん、いつのまにか聴かなくなりました。ところが、一昨年にたまたまライブを聴く機会がありました。本当に涙もののコンサート体験でした。
 やっぱり「気分を変えて」「サヨナラの鐘」「飛びます」などは今聞いても心に響きます。これらの曲は現在でも力を失っていませんね。
 と言うことで、小生にとっては久々に元気がもえらえるCDでした。

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by daisenhougen | 2006-05-30 06:25 | CD・DVD・ビデオ

末木文美士「日本宗教史」を読む

 末木文美士「日本宗教史」(岩波新書)を読んだ。
 目次は次の通り。日本宗教史をどう見るか、I仏教の浸透と神々〔古代〕(神々の世界、神と仏、複合的信仰の進展)、II 神仏論の展開〔中世〕(鎌倉仏教の世界、神仏と中世の精神、原理を求めて)、 III 世俗と宗教〔近世〕(キリシタンと権力者崇拝、世俗の中の宗教、神道とナショナリズム)、IV 近代化と宗教〔近代〕(国家神道と諸宗教、宗教と社会、日本宗教の現在)。
 著者の末木文美士(1949年ー)さんは仏教学専攻の東大の先生のようです。
 日本の宗教の歴史を記紀神話からオウムまでを一気に眺めることができる本です。そして儒教も一種の宗教として捉え、宗教についてかなり広い意味で描き出しています。
 神道は仏教伝来とともに形成された。神道が仏教から独立を指向するのは元寇などによるナショナリズム高まりとともにである。明治維新にいたる流れの中で、再び神道がイデオロギーとなり国家権力と結びついた。これらの流れを精神の<古層>といった観点から描き出しています。
 「歴史以前から歴史を一貫して貫く日本的発想の<古層>なるものはなく」、「純粋で理想的な日本の<古層>を「発見」するこということは、むしろ新たな「古層」の創出と見るべきである」。は説得力のある指摘ですね。

 日本の宗教史をコンパクトに見通すことができるいい本だと思います。「岩波新書」もリニューアルしてから、力作の刊行が続いていますね。やっぱり新書はこのぐらい歯ごたえがほしいですね。

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by daisenhougen | 2006-05-29 07:18 | 読書-詩歌小説評論他

「棟方志功と柳宗悦」を見る

d0001004_13135789.jpgd0001004_13141542.jpg 昨日(5月27日)「そごう横浜店」で「棟方志功と柳宗悦」を見た。今回は日本民藝館創設70周年記念特別展とのことです。
 棟方志功(1903-1975)は生誕100年記念記念で2003年に開催された2つの展覧会を見て以来です。この時は「日本橋高島屋」で大原美術館所蔵の作品が展示され、「Bunkamuraザ・ミュージアム」では網羅的に傑作が揃った展示でした(日本民藝館の作品もここで見ました)。
 今回は日本民藝館所蔵で柳宗悦が表装した作品から板画(版画)、倭画(肉筆)40組150点の展示です。ちょっとスケールは小さいですね。
 でも、棟方志功の作品に久しぶりに拝見して、感動を新たにしました。棟方さんの版画には本当に惹かれますね。これらの作品には何か表現の根源的なものが潜んでいます。うまく言い表せませんが、この有る無しが表現者として時代を超えるポイントであると思います。棟方志功にはそれが満ちていますね。多分それは、思想でも信仰でも、技法でも無い何かなんですね。
 「二菩薩釈迦十大弟子」はつくづく傑作ですね。いくら眺めていても飽きませんね。どんどん吸い込まれていくようです。この作品を見ることができただけでも良かったです。

 今度、「日本民藝館」も訪ねてみたいですね。棟方志功が常設展示してあるようですし、柳宗悦の私邸の公開も始まったようですからね。

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by daisenhougen | 2006-05-28 13:13 | 鑑賞記-展覧会

映画「ダ・ヴィンチ・コード」を見る

d0001004_1324910.jpg 昨日(5月27日)「TOHOシネマズ」で映画「ダ・ヴィンチ・コード」(THE DA VINCI CODE)を見た。
 2006年。アメリカ。監督:ロン・ハワード、出演:トム・ハンクス、オドレイ・トトゥ、イアン・マッケラン、ジャン・レノ他。
 ダン・ブラウン原作で全世界で5000万部を超えるベストセラー小説の映画化です。話題作ということで、TVでCMはもちろんNHKのニュースでまで取り上げていました。小生もその尻馬に乗って、早速見てきました。
 キリストはマグダラのマリアとの間に子供をもうけていたが、ペテロを創設者とするバチカンがそれをひた隠しにしてきたといった伝説を殺人事件と絡めてエンターテイメントにしたてたものですね(マグダラのマリアについては岡田温司さんの本で読んでいたので、理解には役立ちました)。日本でいったら、義経は生きていたとか、信長は本能寺では死ななかった、あるいは将軍の御落胤ものと同じですね。
 キリスト教に思い入れのない小生には、ちょっともったいぶりすぎたストーリーでしたね。
 また、宗教象徴学によってダ・ヴィンチの絵画から謎解きといった組立もあんまり上等には思えませんでした。専門家に言わせれば憤慨ものかもしれませんね(こちらは池上英洋さんの本が役にたちました)。
 さらに、下馬評では多くの批評家が酷評したとか、キリスト教に関する知識がないと理解できないとか、いろいろ言われていましたね。
 でも、小生はそれなりに愉しめる映画でした。これだけの複雑な内容をもうれつなスピードで引っ張って行って、まるでジェットコースターに乗ったように作品世界を展開していくのは見事なもんですね。まさしくハリウッド映画です。
 ホットな話題の原作を膨大な予算と名優を揃えて作り上げ、その後は猛烈なコマーシャルと話題作りで観客を集める。ハリウッド映画そのものですね。

 小生にとってはダ・ヴィンチに興味を持つきっかけになっただけでも、この映画に感謝です。

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by daisenhougen | 2006-05-28 07:02 | 鑑賞記-映画

山口仲美「日本語の歴史」を読む

 山口仲美「日本語の歴史」(岩波新書)を読んだ。
 目次は次の通り。日本語がなくなったら、I漢字にめぐりあう――奈良時代、II文章をこころみる――平安時代、IIIうつりゆく古代語――鎌倉・室町時代、IV近代語のいぶき――江戸時代、V言文一致をもとめる――明治時代以後、日本語をいつくしむ。
 著者の山口仲美(1943-)さんは日本語学専攻の埼玉大学の先生のようです。擬音語、擬態語の研究者のようです。
 日本語の歴史を「話し言葉」と「書き言葉」のせめぎあいという視点から書かれた通史です。まず、上代語について。日本人は「書き言葉」として漢字を借りて、どのように消化していったかを、非常にわかりやすく説明しています。次に、「話し言葉」が限りなく表面に出てきて、表現を確立してひらがな文として「源氏物語」に至ります。その後、再び「書き言葉」優先の時代を経て、言文一致への江戸時代から現代にいたる流れの説明に至ります。
 非常に明快に、かつコンパクトに日本語の歴史が語られています。初歩的な日本語の理解には適しています。
 日本人は漢字を表現手段として選んだ時から、漢字と戯れていたんですね。韓国が音としてだけ漢字を利用したのとは大違いですね。
 辻さんが「奇想の図譜」の中で述べている「まるで子供のように無邪気で他愛なく、模倣の遊びと連結した好奇心の産物」そのものかもしれません。日本人は絵画だけでなく、文字の利用も一緒のかもしれませんね。
 現在の日本語表記がひらがな、カタカナ、漢字(日本漢字も含む)、ローマ字(英語表記も含む)、そして絵文字まで拡散し続けているのも日本人の中にある子供の戯れかもしれません。

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by daisenhougen | 2006-05-27 06:49 | 読書-詩歌小説評論他

辻惟雄「奇想の図譜」を読む

 辻惟雄「奇想の図譜」(ちくま文庫)を読んだ。「奇想の系譜」に続いての辻惟雄さんの著作です。
 1988年から「月間百科」に連載され、1989年に単行本として刊行されたようです。
 目次は次の通りです。1.自在なる趣向(北斎のワニザメ、波の変幻、浮世の眺め―舟木家本「洛中洛外図」、「からくり」のからくり)、2.アマチュアリズムの創造力(若冲という「不思議の国」―「動植綵絵」をめぐって、稚拙の迫力―白隠の禅画、写楽は見つかるか?―ある架空の問答)、3.「かざり」の奇想。
 「奇想の系譜」で論じ残した北斎、白隠、写楽を中心に日本美術を縦横無尽に論じています。日本人の好奇心、「あそび」の精神、「かざり」への情熱といったことをキーワードとして駆使して「奇想」の日本美術を熱く論じています。 
 更に「あとがき」で奇を好む中国に比べ、日本美術の奇想は、「はるかに情動的、即興的、感覚的であり、まるで子供のように無邪気で他愛なく、模倣の遊びと連結した好奇心の産物」であり、「それが日本美術の魅力であり、存在理由」と書いています。
 これが、現代の日本アニメが世界を席巻していることにも繋がっていくんでしょうか。そして四方田犬彦さん言うの「かわいい」にまで繋がっていくんでしょうかね。いずれにせよ、極めてスリリングな読書体験でした。

 ところで、舟木家本「洛中洛外図」の現物を是非、拝見したいですね。東京国立博物館が所蔵しているようですが、いつ展示されるんでしょうね。

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by daisenhougen | 2006-05-26 08:43 | 読書-詩歌小説評論他

「神坂雪佳展」を見る

d0001004_12581870.jpg 昨日(5月24日)「日本橋高島屋」で「京琳派 神坂雪佳展-宗達、光琳から雪佳へ-」を見た。
 神坂雪佳(かみさか・せっか)(1866-1942)は琳派の継承者、近代デザインの先駆者として明治から昭和にかけて京都で活躍したとのことで、代表的な日本画、着物、茶碗など約80点の展示です。
 展示は4つのコーナーに別れていて。まず「雪佳の源流」で、琳派の光悦、宗達、光琳、抱一などの琳派の作品が展示してありました。このコーナーだけでも一見の価値はありますね。
 次に「雪佳の絵画」では、花鳥画や人物画などの絵画の展示です。ここが一番のメインでしょうね。青蓮院叢華殿の襖絵が表・裏からみられるようになっていました(全八十面のうち二面だけの展示ですがね)。
 「雪佳の工芸」では、呉服、陶器、漆器などの展示です。最後の「琳派の意匠」では、図版集の原画が展示してありました。
 そして、ビデオで雪佳のついての簡単な紹介もありました。小生みたいに、雪佳についての知識がほとんど無い人には役にたちましたね。2001年に「ル・モンド・エルメス」の表紙と巻頭記事を日本人として初めて飾ったことから、再評価が高まったようですね。そして、日本でも再評価の動きとなり、今回の展覧会と繋がっているようです(いつのも海外発再評価のパターンですね)。
 さて、肝心の作品ですが、一点一点の作品はキチンと描かれており、技法的にはレベル以上の画家だと思いました。でも、どの作品も、いまひとつ、強いインパクトを与えてくれませんでした。どれも、小粒な感じがぬぐえませんでしたね。
 強い毒や破壊力といったものも全く感じられませんでした。やっぱりデザイナー止まりといった感じです。琳派の継承者と言うにはチョット力が弱い感じがしますね。近代日本画のマイナーな画家の一人といった位置づけでしょうか。
 もちろん「エルメス」が評価するのはわかる気がしますね。チョット洒落ていて、知的で、高価で、ハイセンスで、スノッブでといったブランド品そのもののコンセプトですものね(強い毒や破壊力はあっちゃイケマセンからね)。
 近年、雪佳がほとんど忘れられていたのは、チョットひどい評価ではあります。再評価は妥当ですね。
 静かな環境で、日本画の美しさを味わうにはいい展覧会でした。

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by daisenhougen | 2006-05-25 13:00 | 鑑賞記-展覧会

「梅原龍三郎展」を見る

d0001004_1250324.jpg 昨日(5月24日)「日本橋三越」で「色彩の画家 梅原龍三郎展」を見た。
 梅原龍三郎(1888―1986)の没後20年とのことで、その回顧展です。「花」「風景」「裸婦」「肖像」といったテーマ毎で約70点の作品が展示してありました。
 梅原龍三郎といえば、かなり有名な洋画家ですし、いろんな美術館で拝見してきましたが、いつもあまりピンと来ませんでした。でも、いつも1点から数点止まりの展示でしたので、今回、初めてまとめて見ることができるので、楽しみにしていました。
 結果は、まとめて見ても、印象が変わるわけでもなく、結局はあんまりピンと来ませんでした。小生には縁のない画家なんですね・・・。
 最後のコーナーでルノワール、ルオー、ピカソなどの海外有名画家との交流や白樺派など国内有名人との交流を高らかに自慢していました。結局、こういった交友関係の誇示でしか存在感を示せないのでしょうかね(もちろん本人には無関係なことですが・・・)。
 梅原龍三郎は、ほぼ、藤田嗣治と同年代のようですね。藤田は根無し草で、ほとんど仲間なしの一生でしたが、梅原は多くの仲間による仲間褒めに囲まれた一生のようですね。人の一生としては梅原の一生は羨ましいですね。
 でも、作品の評価は別物です。二人を比較すると、作品としては驚くほどの差があるように思います。梅原の作品は日本洋画史の歴史的価値はあるのかもしれませんが、今、見るても堪ええる作品には出会えませんでした。藤田の作品とは大違いですね。

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by daisenhougen | 2006-05-25 12:57 | 鑑賞記-展覧会

辻惟雄「奇想の系譜」を読む

 辻惟雄「奇想の系譜」(ちくま文庫)を読んだ。「日本美術の歴史」を読んで、辻さんに興味惹かれました。この本は刊行時には絵画史を書き換える画期的著作とされたそうです。気になっていた本ですが、やっと通読しました。
 1968年に「美術手帳」に連載された「奇想の系譜-江戸のアヴァンギャルド」に基づき「江戸時代における表現主義的傾向の画家-奇矯(エキセントリック)で幻想的な(ファンタスティク)なイメーの表出を特色とする画家-の系譜をたどった」とのことです。
 目次は次の通り。憂世と浮世―岩佐又兵衛、桃山の巨木の痙攣―狩野山雪、幻想の博物誌―伊藤若冲、狂気の里の仙人たち―曽我蕭白、鳥獣悪戯―長沢蘆雪、幕末怪猫変化―歌川国芳。
 その当時に、ほとんど評価されていなかった、これらの画家を復権させたんですね。
 「あとがき」で「<奇想>という言葉は、エキセントリックの度合の多少にかかわらず、因襲の殻を打ち破る、自由で斬新な発想のすべてを包含できるわけであ」る、とし、北斎や雪村、永徳、宗達、光琳、白隠、大雅、玉堂、米山人、写楽が仲間であり、「近代絵画史における主流といってさしつかえない」と宣言しています。更に「ここにあげた六人の画家は、そうした<主流>の中の前衛として理解されるべきである」としています。
 日本絵画史への興味がますます深まりました。辻惟雄さんの著作はもっと、もっと読まなくてはなりませんね。
 
 今から中国に出張ですので、数日間、ブログはお休みです。

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by daisenhougen | 2006-05-21 09:44 | 読書-詩歌小説評論他