人気ブログランキング |

村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」を読む

d0001004_18541389.jpg 村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」を読んだ。
 文藝春秋、2007年10発15日第1刷、1,500円、四六判、241頁。
 目次を写しておきます。前書き(選択事項としての苦しみ)、第1章(誰にミック・ジャガーを笑うことができるだろう?)、第2章(人はどのようにして走る小説家になるのか)、第3章(真夏のアテネで最初の42キロを走る)、第4章(僕は小説を書く方法の多くを、道路を毎朝走ることから学んできた)、第5章(もしそのころの僕が、長いポニーテールを持っていたとしても)、第6章(もう誰もテーブルを叩かず、誰もコップを投げなかった)、第7章(ニューヨークの秋)、第8章(死ぬまで18歳)、第9章(少なくとも最後まで歩かなかった)、後書き(世界中の路上で)。 2005年夏から2006年秋にかけて書き下ろされた文章とのことです。
 小説家とランナーを重ね合わせながら、自分を語るといったとこのようです。村上さんも人生訓を書き連ねる年齢になったということでしょうか・・・・。
 見たくないものを見たような違和感を感じました。
 もちろん文章は巧いし、いろんな場面に泣かせる文章を散りばめています。そういった意味では春樹節は健在です。
 例えば「「哲学」とはいかないにせよ、ある種の経験則のようなものはいくらか含まれていると思う。それが僕という人間なのだ」とか。
 マラソンでのモットーを「ゴールすること、歩かないこと、楽しむこと」とか。
 「Pain is inevitable. Suffering is optional.」とか。

 よー!!、春樹ちゃーんとかけ声かけたくなりますね。

 でも、一歩踏み外せば「大文豪」村上春樹になりそうな文章もちらほら目に付きます。

 もっと言っちゃえば、村上春樹に人生訓なんて似合わないですよーーー。ランニングはランニング。小説は小説。それを結びつけて人生訓にしたがるのは老いたる証拠では。

 なんとか踏みとどまって、チャレンジャー村上春樹であり続けて欲しいですね。

by daisenhougen | 2007-10-25 18:54 | 読書-詩歌小説評論他
<< 「Omnibot17μ i-S... 「図録 シャガール展」を読む >>