斎藤環「アーティストは境界線上で踊る」を読む

d0001004_19144835.jpg 斎藤環「アーティストは境界線上で踊る」を読んだ。
 現代日本のアートシーンの第一線で活躍している23人へインタビューし、更にそのアーチスト論を一緒に収録するといった形です。
 「美術手帳」に連載されたものをまとめたとのことですが、なんせ23人分ですから大部な著作となってます。
 わたし的にはインタビューとともに収録された図版と一緒に眺めることで、現代アートの最前線を知ることができる興味深い著作でした。
 収録されている図版とインタビューだけでは意図がわからないのもたくさんありましたが、多様な試みがなされるのがわかります。
 収録されているアーチストは草間彌生さんのような評価の定まった人から、かなりの若手までかなりバラエティに富んでました。
 現代美術初心者のは今後の出会いを楽しみにしながら読ましていただきました。
 ただ、作家論の方はあんまり感心できませんでした。精神分析医の衒学的用語に辟易してしまいました。
 それでなくても難解な現代アートをより一層難しく論じるなんてねぇ。アートは難解だって、一瞬でわかり合えることもありますが、評論はそういうことはありえませんしね。

 著者の斎藤環(1961-)さんは精神科医で専門は思春期・青年期の精神病理、病跡学とのことです。
 目次:序論 ヒステリーに抗するアーティスト、草間彌生――象徴の去勢の象徴、できやよい――ロリータ・バロック・できやよい、加藤泉――正しきイマージュの系統発生、中ザワヒデキ――「顔」と「方法」、やなぎみわ――不在の「フェミニズム」、会田誠――ヒューモアとしての美少女論、小沢剛――背中から地蔵になっていくような幸福、木本圭子――エロスと運動のダイヤグラム、ミスター――ヤンキー・ロリコン・ミスター、小谷元彦――伸びる舌のレティサンス、ヤノベケンジ――廃墟に生きる子供のために、山口晃――ポストモダンの形式主義者、鴻池朋子――反復する「不時着」、村山留里子――透明なるアブジェクシオン、田中功起――形式のアイロニーから、ユーモアの形式へ、西尾康之――鏡像としての「死体」、杉本博司――写真の「もどき」、藤幡正樹――フレームとしての「アルゴリズム」、高嶺格――エイリアンによる歓待、八谷和彦――介入美術のアフォーダンス、岡田裕子――物語=関係は無限であることについて、タカノ綾――〈少女〉という透明な媒質、岡崎乾二郎――「非対称性」〈が/を〉もたらす「悟性」、掲載作品リスト、初出一覧。
 みすず書房、2008年02月21日発行、3,360円、A5判、383頁。

[PR]
by daisenhougen | 2008-11-09 08:00 | 読書-詩歌小説評論他
<< 映画「レッドクリフ PartⅠ... 小林泰三「日本の国宝、最初はこ... >>