2008年 12月 05日 ( 1 )

秋山駿「忠臣蔵」を読む

d0001004_543453.jpg 秋山駿「忠臣蔵」を読んだ。
 秋山さんといえば、だいぶ昔に「信長」を読んんだ事があります。どちらかといえば硬質な文芸批評を書く人だと思っていたのが、戦国武将を論じたので、ビックリしたことが思い出されます。もちろん内容的にも素晴らしかったのを憶えています。
 今回は、その秋山さんが忠臣蔵を論じてます。忠臣蔵の季節でもありますので、読んでみました。
 まず、そもそもなぜ刃傷事件が起こったかについて、浅野内匠頭の作法が未熟だったとか、吉良上野介への賄賂が少なかったことで恥をかかされたなどとされているが、そんなことは断じてあり得ないとしています。
 作法が洗練され、賄賂は当然となった元禄時代にこんな理由はあたらないとしています。
 さらに事件後、極めて迅速に事務処理が遂行されたことから、この事件の胡散臭さも指摘しています。
 この辺りまでは、非常に面白いの問題提起だと思いました。
 でも、スリリングな歴史謎解きはここまででした。
 斬りつけたのは、女性にかかわる辱めではないかとか、浅野内匠頭が山鹿素行の弟子だったことが影響しているのではとか、柳沢吉保の関与とか、いろいろ仄めかしているのですが、仄めかしに終わっています。
 肝心なところに踏み込んでくれないんです。ちょっとイライラする書き方でしたね。
 結局、秋山さんの関心は元禄という時代にうつります。
 「時代が創り出す事件というものが在るのだ、と深く感じる」。「徳川幕府の権力と泰平の絶頂に達した、元禄という時代は、時代の活力の自己表明としての事件を生み、物語を創造した」ということに帰着してしまってます。
 それはそれでゴモットモではあるんですが、なんとなく表面的なものに終始している感じでした。
 時代と物語というのでしたら、もう少し詳しい書き込まなくては伝わってこないのかもしれませんね。
 最後に秋山さんの、現代に対する視点が良く現れている部分を引用しておきます。このあたりが、秋山さんが一番言いたいところだった気がします。
 「今日、二〇〇八年のわれわれの時代は、贅沢と奢侈の流行において、元禄時代に匹敵する光景を持っているが、なんだか時代の空気がピリッとしない。何が欠けているのか。能や学問に熱中する指導者層と個性的な「奇矯さ」が欠けているのかもしれない。三島由紀夫がよく体現しているような個性的な奇矯さ」。

 この作品は「波」に2007年10月号から2008年09月号に連載されたとのことです。
 目次:繁栄が生んだドラマ、果たして賄賂が問題か、刃傷事件は演出なのか、刃傷は過ぎ、ドラマが始まる、内匠頭切腹の前に、「風さそふ花よりも」の哀傷、瑶泉院、女の思いの深さ、武士とは何か、浪人とは何か、泰平の時代の武士道、内蔵助、浪人になる、「女」の世界と内蔵助、「物語」創造の力と忠臣蔵。
 新潮社、2008年11月15日発行、1,470円、四六版、141頁。

[PR]
by daisenhougen | 2008-12-05 05:42 | 読書-詩歌小説評論他